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長谷川雄一
代表取締役 · 2026-03-12
「エンジニアの仕事、なくなりますか?」「営業はAIに置き換わりますか?」——最近、こういう問いをよく受ける。半分は不安から、半分は興味から来ている問いだと思う。
正直に言う。単純な作業の大部分はAIに移っていく。コードを書く、資料を作る、調査してまとめる——そういった作業はAIの方が速い。この事実から目を背けても仕方ない。
ただ、それは「人の価値がなくなる」ということではない。むしろ逆だ。AIが作業を引き受けてくれるぶん、「判断できる人」「問いを立てられる人」「文脈を読める人」の価値が上がる。作業量で競う時代が終わり、質と視点で差がつく時代が来ている。
AIの登場で、はっきり見えてきたことがある。「広く浅い人」の価値が、一気に下がるということだ。
幅広く対応できる、段取りが得意、資料がきれい——これ自体は悪くない。ただ、それだけでは今後じゅうぶんではなくなっていく。AIもそれらをある程度こなせてしまうからだ。
本質的には、AIには「文脈」と「判断」が難しい。この顧客がなぜ悩んでいるのかを読む力。この技術選択がなぜそのトレードオフになるかを説明できる力。この組織がなぜ動かないのかを見抜く力。こういった力は、経験の積み重ねの中にある。AIに渡す「問い」を立てる側の仕事であり、AIが自動で補ってくれるものではない。
よく「T字型人材」という言葉が使われてきた。縦に深く、横に広く——というモデルだ。ただ、AI時代に必要なのは少しニュアンスが違う。
大事なのは、「ある程度は広く理解していて、どこかは本当に深い」という構造だ。広さがあるから、AIへの問いが的確になる。深さがあるから、AIの出力の質を評価できる。この組み合わせが揃って初めて、AIを正しく使いこなせている状態になる。
広さだけでは、AIの出力を鵜呑みにしてしまう。深さだけでは、視野が狭くなってAIを過小評価か、逆に盲目的に信頼しすぎる。両方が要る。片方が欠けると、AIは道具として機能しない。
実際にAIを使っている人たちを見ていると、差は「プロンプトが上手か下手か」ではなく「視座が高いかどうか」に出ている。
視座が高い人は、「この作業の目的は何か」「本当に解くべき問いはどこにあるか」をまず考える。その問いをAIにぶつけるから、出てくる結果のレベルが違う。逆に、表面的なタスクをそのままAIに渡すと、AIが速くなっても成果の質は変わらない。いくらAIが賢くなっても、渡す問いが浅ければ出てくるものも浅い。
ここが大事で、AIは使う人の視座を自動では補ってくれない。視座は、経験と思考の積み重ねの中でしか上がらない。
少し前に、自社で使えそうな補助金を整理する必要があった。従来なら、どの省庁が何を出しているかから手探りで調べ始め、申請要件を読み込んで、自社の事業との適合性を判断して、企画書の形にまとめる——というプロセスで、数日はかかっていた。
それをAIと一緒にやった。補助金の一覧を調べさせ、自社の事業内容と照らし合わせて優先度を整理させ、応募要件のポイントを抽出させ、企画書のたたき台を起こさせる。この一連の流れを、数時間でひと通り回せた。
ただ、ここに大事なことがある。AIが「使えそうな補助金」を出してきたとき、それが本当に自社の状況にフィットするかを判断するのは、事業の解像度を持っている人にしかできない。どの事業フェーズで申請するのが妥当か、審査のポイントはどこか、企画書の「読まれ方」はどうか——これらはAIには判断できない部分だ。
結局、AIが速くやってくれた部分と、人が考えなければならなかった部分の、どちらも必要だった。AIがなければ何倍も時間がかかった。でも、事業の文脈を持っている人がいなければ、AIの出力はただの情報の羅列で終わっていた。これがAI時代の仕事のリアルだと思っている。
AIが一般論は返せる。ただ、その会社・その現場・その商談の文脈はAIには持てない。
たとえば「営業のクロージングがなぜここで止まっているのか」を判断するには、営業プロセスの流れと、人の動きと、組織の意思決定の力学をちゃんと理解していないといけない。現場を知っている人だけが、AIへの問いを正確に立てられる。そして、AIが返してきた答えの「どこがズレているか」にも気づける。
業務知識はAI時代に価値が下がるどころか、むしろ上がっていく。それは「AIに渡す情報を選ぶ能力」であり、「AIの出力に何が足りないかを見抜く能力」でもあるからだ。
エンジニアに限らず、どの職種でも同じことが言える。AIがアウトプットを出してくれる時代になったとき、本当に問われるのは「その出力を正しく評価できるか」だ。
コードで言えば、AIが書いたコードが本当に要件を満たしているか、将来の変更に耐えられる構造か、見落としているセキュリティの問題はないか——これを判断できるのは、技術の深さを持っている人だけだ。提案書でも、企画書でも、営業トークでも、同じことが起きている。AIが速く出してくれるぶん、それを「これでいいのか」と判断するフェーズの重さが増している。
深さがなければ、AIの出力を正しく評価できない。表面的にはアウトプットが増えるが、品質の管理は人の専門性に委ねられている。ここをさぼると、見えにくい形でミスが積み上がっていく。
AIで作業時間が短縮される、ということは裏を返せば「考えるための時間が増える」ということだ。ただ、これは自動的には起きない。作業が速くなった分を、次の作業に埋めていくだけでは、本質的には何も変わらない。
本当に変えるべきは、空いたリソースの使い道だ。「そもそもこれをやるべきか」という問いに時間を使う。アウトプットの品質をもう一段上げることに集中する。顧客や現場との対話を増やす。AIが引き受けてくれた作業の分だけ、人にしかできない部分に注力できる——はずなのに、そうなっていないケースをよく見る。
量をこなすことに価値があった時代は終わりつつある。今求められるのは、やること自体の選択眼と、やったことの完成度だ。ここに力を集中できているかどうかが、AI時代の生産性の本当の差になっていく。
「あなたはどこが深いですか」——この問いに、すぐ答えられるなら、それを磨き続ければいい。答えに詰まるなら、今が考えどきだ。
特別な資格が要るわけではない。「自分の深さはどこにあるか」を自覚して、そこを意識的に伸ばし続ける。それだけだ。広さは、仕事の中でアンテナを張り続ければ自然と積み上がる。ELWのメンバーは、様々な案件・顧客・役割を経験してきた分、その素地はある。問題があるとすれば、それを「深さ」にまで掘り下げていく意識と時間だ。
AIは作業を速くする。でも、あなたの視座を上げてはくれないし、業務の文脈を代わりに理解してはくれない。そこは、自分でやるしかない。だからこそ、そこに投資した人が強くなる。
単純作業の価値が下がる時代は、ある意味「実力が正直に出やすい時代」でもある。伸びたい人にとっては、チャンスだと思っている。
長谷川雄一
代表取締役 · 2026-03-12
「エンジニアの仕事、なくなりますか?」「営業はAIに置き換わりますか?」——最近、こういう問いをよく受ける。半分は不安から、半分は興味から来ている問いだと思う。
正直に言う。単純な作業の大部分はAIに移っていく。コードを書く、資料を作る、調査してまとめる——そういった作業はAIの方が速い。この事実から目を背けても仕方ない。
ただ、それは「人の価値がなくなる」ということではない。むしろ逆だ。AIが作業を引き受けてくれるぶん、「判断できる人」「問いを立てられる人」「文脈を読める人」の価値が上がる。作業量で競う時代が終わり、質と視点で差がつく時代が来ている。
AIの登場で、はっきり見えてきたことがある。「広く浅い人」の価値が、一気に下がるということだ。
幅広く対応できる、段取りが得意、資料がきれい——これ自体は悪くない。ただ、それだけでは今後じゅうぶんではなくなっていく。AIもそれらをある程度こなせてしまうからだ。
本質的には、AIには「文脈」と「判断」が難しい。この顧客がなぜ悩んでいるのかを読む力。この技術選択がなぜそのトレードオフになるかを説明できる力。この組織がなぜ動かないのかを見抜く力。こういった力は、経験の積み重ねの中にある。AIに渡す「問い」を立てる側の仕事であり、AIが自動で補ってくれるものではない。
よく「T字型人材」という言葉が使われてきた。縦に深く、横に広く——というモデルだ。ただ、AI時代に必要なのは少しニュアンスが違う。
大事なのは、「ある程度は広く理解していて、どこかは本当に深い」という構造だ。広さがあるから、AIへの問いが的確になる。深さがあるから、AIの出力の質を評価できる。この組み合わせが揃って初めて、AIを正しく使いこなせている状態になる。
広さだけでは、AIの出力を鵜呑みにしてしまう。深さだけでは、視野が狭くなってAIを過小評価か、逆に盲目的に信頼しすぎる。両方が要る。片方が欠けると、AIは道具として機能しない。
実際にAIを使っている人たちを見ていると、差は「プロンプトが上手か下手か」ではなく「視座が高いかどうか」に出ている。
視座が高い人は、「この作業の目的は何か」「本当に解くべき問いはどこにあるか」をまず考える。その問いをAIにぶつけるから、出てくる結果のレベルが違う。逆に、表面的なタスクをそのままAIに渡すと、AIが速くなっても成果の質は変わらない。いくらAIが賢くなっても、渡す問いが浅ければ出てくるものも浅い。
ここが大事で、AIは使う人の視座を自動では補ってくれない。視座は、経験と思考の積み重ねの中でしか上がらない。
少し前に、自社で使えそうな補助金を整理する必要があった。従来なら、どの省庁が何を出しているかから手探りで調べ始め、申請要件を読み込んで、自社の事業との適合性を判断して、企画書の形にまとめる——というプロセスで、数日はかかっていた。
それをAIと一緒にやった。補助金の一覧を調べさせ、自社の事業内容と照らし合わせて優先度を整理させ、応募要件のポイントを抽出させ、企画書のたたき台を起こさせる。この一連の流れを、数時間でひと通り回せた。
ただ、ここに大事なことがある。AIが「使えそうな補助金」を出してきたとき、それが本当に自社の状況にフィットするかを判断するのは、事業の解像度を持っている人にしかできない。どの事業フェーズで申請するのが妥当か、審査のポイントはどこか、企画書の「読まれ方」はどうか——これらはAIには判断できない部分だ。
結局、AIが速くやってくれた部分と、人が考えなければならなかった部分の、どちらも必要だった。AIがなければ何倍も時間がかかった。でも、事業の文脈を持っている人がいなければ、AIの出力はただの情報の羅列で終わっていた。これがAI時代の仕事のリアルだと思っている。
AIが一般論は返せる。ただ、その会社・その現場・その商談の文脈はAIには持てない。
たとえば「営業のクロージングがなぜここで止まっているのか」を判断するには、営業プロセスの流れと、人の動きと、組織の意思決定の力学をちゃんと理解していないといけない。現場を知っている人だけが、AIへの問いを正確に立てられる。そして、AIが返してきた答えの「どこがズレているか」にも気づける。
業務知識はAI時代に価値が下がるどころか、むしろ上がっていく。それは「AIに渡す情報を選ぶ能力」であり、「AIの出力に何が足りないかを見抜く能力」でもあるからだ。
エンジニアに限らず、どの職種でも同じことが言える。AIがアウトプットを出してくれる時代になったとき、本当に問われるのは「その出力を正しく評価できるか」だ。
コードで言えば、AIが書いたコードが本当に要件を満たしているか、将来の変更に耐えられる構造か、見落としているセキュリティの問題はないか——これを判断できるのは、技術の深さを持っている人だけだ。提案書でも、企画書でも、営業トークでも、同じことが起きている。AIが速く出してくれるぶん、それを「これでいいのか」と判断するフェーズの重さが増している。
深さがなければ、AIの出力を正しく評価できない。表面的にはアウトプットが増えるが、品質の管理は人の専門性に委ねられている。ここをさぼると、見えにくい形でミスが積み上がっていく。
AIで作業時間が短縮される、ということは裏を返せば「考えるための時間が増える」ということだ。ただ、これは自動的には起きない。作業が速くなった分を、次の作業に埋めていくだけでは、本質的には何も変わらない。
本当に変えるべきは、空いたリソースの使い道だ。「そもそもこれをやるべきか」という問いに時間を使う。アウトプットの品質をもう一段上げることに集中する。顧客や現場との対話を増やす。AIが引き受けてくれた作業の分だけ、人にしかできない部分に注力できる——はずなのに、そうなっていないケースをよく見る。
量をこなすことに価値があった時代は終わりつつある。今求められるのは、やること自体の選択眼と、やったことの完成度だ。ここに力を集中できているかどうかが、AI時代の生産性の本当の差になっていく。
「あなたはどこが深いですか」——この問いに、すぐ答えられるなら、それを磨き続ければいい。答えに詰まるなら、今が考えどきだ。
特別な資格が要るわけではない。「自分の深さはどこにあるか」を自覚して、そこを意識的に伸ばし続ける。それだけだ。広さは、仕事の中でアンテナを張り続ければ自然と積み上がる。ELWのメンバーは、様々な案件・顧客・役割を経験してきた分、その素地はある。問題があるとすれば、それを「深さ」にまで掘り下げていく意識と時間だ。
AIは作業を速くする。でも、あなたの視座を上げてはくれないし、業務の文脈を代わりに理解してはくれない。そこは、自分でやるしかない。だからこそ、そこに投資した人が強くなる。
単純作業の価値が下がる時代は、ある意味「実力が正直に出やすい時代」でもある。伸びたい人にとっては、チャンスだと思っている。